みづうみの氷は解けてなほ寒し 三日月の影 波にうつろふ。張り詰めた氷は解けたが寒さはやはり厳しい。見れば湖水には三日月の光が映っている。島木赤彦の有名な一首。富士見公園で開かれた赤彦祭でも歌碑の前で吟じられた▼みづうみ(水海)は諏訪の海、諏訪湖である。浅間の嶽、木曽の桟、望月の駒、諏訪の海などは古来多くの歌に詠まれた歌枕。諏訪の海の氷の上の通い路は--。諏訪の海は平安末期から詠み継がれる▼和歌を研究する信州大学の西一夫教授の話を聴く機会があった。教授によれば、諏訪の海の和歌で重要な素材となっているのが「氷」。冬に湖一面が氷に覆われるのは珍しい景であり、「全面結氷という奇景への憧憬や神秘への畏怖があった」(八十二文化財団季刊誌「地域文化」より)▼中世までの多くは題詠歌だが、江戸時代以降は街道の整備で実景歌が増える。中世から近世まで変わらないのは氷を重要とする流れ。氷をたたく漁槌の音、氷裂くる音。島木赤彦の諏訪湖詠には、湖畔での生活ならではの聴覚表現が加わる▼西教授によれば、室町~江戸時代の諏訪の海の和歌は探し出せたものだけで二百首あったそうだ。近世に市井の人が諏訪の海をどう見つめていたか。その実景歌が案外残っていないのが残念である。詠み継がれてきた「諏訪の海」。いまを生きる人々の実景歌、諏訪湖詠はのちにも価値が出てくる。
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