真夏の大地に根を張る野の草は強い。乾いた土にぐっと食い込んで、焼ける日差しにも倒れず、土をえぐり削る激しい雨にむしろ緑の鮮やかさを取り戻す。葉陰では多くの生き物が命をつないでいる▼その静かなたくましさに故郷の家族を重ね、無事の願いを込めたのだろう。1938年、日中戦争に出征した故唐沢利一さん(諏訪市)は戦いの中、目に留まった小さな草花を摘んで押し花にした。配られた軍事郵便はがきのつづりに貼り付けて日記を書き添えた▼外箱には「戦場花便り」、表紙は「遥かなる故国の弟妹達へ」とある。「砲弾が炸裂し尊い血潮が流れるとも、自然は無心に人の姿をみつめています」。戦いの全てを知り尽くし、語る草木たちにいろいろを尋ね、全人類のために速やかな終戦を祈って-と託した▼唐沢さんは2度出征し、第二次世界大戦ではミレ島死守で孤立、4千回も降り注いだという砲撃を辛くも避けながら、極限の飢えとも闘った。島の実は食べ尽くし、食めるものは虫が教える草か雨。「飢え死ぬる戦友数えつつ今日を得し己が命の辱しも」と詠んだ▼かつて全国民が抱えた苦しみも、わが痛みとする人は年ごとに減り、なぜ戦争をしてはならないかを理屈や政治経済でしか語れない社会になりつつある。自国の先人の凄惨な経験に目を向けずして命や食の尊さを語り、平和を実践できるのか。きょう、自身に問う。
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