伊那市新山の湿地「トンボの楽園」で観察会があり、ハッチョウトンボを初めて見た。体長は2センチほど。ちょうど1円玉に収まる大きさで、日本で最も小さなトンボと言われる。オスは体全体が鮮やかな赤色に染まり、「宝石だ」と歓声を上げた小学生の表現が言い得て妙だった▼新しいことや珍しいものを探す新聞記者をしていると、たいていの事象には驚かなくなる。伊那谷の最北端で少年時代を過ごし、草いきれの中で虫を追い掛けた経験もあった。静止してメスを待ち、時々くるりと輪を描いてライバルを追い払う小さな命がいとおしく、目頭が熱くなる。50歳をすぎてまだこんな感情が残っていたかと、うれしくもなった▼ハッチョウトンボはかつて日本中にいた。1960~70年代の農地改良や農薬使用で、きれいな湧き水がたまる低湿地帯が姿を消し、虫たちの生息地を狭めていった▼新山での再発見は2004年。良質な山砂を採取するためにできた人工的な湿地だったのは皮肉であろう。新山山野草等保護育成会がトンボの楽園の整備と維持に立ち上がる。高度経済成長期の開発を見てきた戦中、戦後生まれの世代だった▼育成会は高齢化から21年に解散したが、新山区長会を中心に「新山トンボの楽園を育てる会」が発足して”自然の宝庫”を守る。半世紀にわたる破壊と再生の物語は続く。ハッチョウトンボは8月中旬まで観察できる。
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