新しい1万円札の顔になった実業家の渋沢栄一。江戸から昭和まで激動の時代を生き抜き、91歳で亡くなった。生涯で約500もの企業に関わり、日本経済の基礎を築いた。お札の柔和そうな表情とは裏腹の苦労の連続だったに違いない▼国立印刷局のホームページによると、肖像は70歳の古希の記念写真などを参考に専門職員が制作した。「各方面で活躍されている躍動感や若々しさを表現するため、60歳代前半にリメーク」されているそうだ▼古希を迎えた渋沢が諏訪市で演説した新聞記事を明治の「南信日日新聞」(「長野日報」の前身)に見つけた。女子の高等教育を奨励するため信越地方を巡った1910(明治43)年8月15日。場所は諏訪中学校(現諏訪清陵高校)の講堂。演題は「実業と教育」だった。記事は一人称の語り口調で、記者は必死で書き留めたのだろう▼それによると、実業が発達する要素として福岡の石炭のような「特殊な産物」の提供、東京など大都市との地の利の良さの二つを挙げた。そして中国の思想家・孟子の言葉を引用し「天の利は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」「一番大事なのは、人の和であります」と説いた。本来「天の利」は「天の時」の表現で使われる▼ビジネスチャンスに恵まれても、それを実行する人たちの団結力が伴わなければ成功は難しい。人の大切さ、人を育てる大切さは現代にも通じる。
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