「待ち待ちてことし咲きけり桃の花白と聞きつつ花は紅なり」。作家太宰治の書幅を古田晁記念館(塩尻市)で見た。古田晁は、岩波書店を築いた諏訪市出身の岩波茂雄と並び信州を代表する出版人。筑摩書房の創業者である▼実家の土蔵を生かした記念館には、草野心平や臼井吉見ら文化人の書簡や絵などが展示され、親交の深さをうかがわせる。とりわけ太宰との友情は別格ではないか。この時期になると、そんな思いを強くする▼1948年6月13日、東京都三鷹市の玉川上水に身を投げ、38歳で亡くなった太宰。名作『人間失格』を書き上げたものの心身の衰弱が進んでいたとされる。死の前日、埼玉県大宮市にいた古田を訪ねたけれど、あいにく信州に帰っていて2人が会うことはなかった▼遺体が見つかったのは19日。死を知った古田は「会えていたら、太宰さんは、死なんかったかもしれん」と沈痛な面持ちで言ったという(野原一夫著『含羞の人』文芸春秋)。歴史に「もしも」はないけれど、もしも会っていたら…。後世に残る作品を書き続けたか、それでも死を選んだか▼「人生に対するあなたの誠実と至純は、必ず人々の一つの指標となると思います」-。涙で言葉にならなかったという古田の弔辞も記念館にある。きょうは太宰をしのぶ「桜桃忌」。墓所のある三鷹市の禅林寺にはことしもたくさんのサクランボが供えられるのだろう。
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