茅野市塚原出身の洋画家、矢﨑博信(1914~44年)は、11月9日に生誕110年を迎える。今年は板橋区立美術館(東京都)を皮切りに、全国3カ所で開催する巡回展「『シュルレアリスム宣言100年』シュルレアリスムと日本」で、29歳の若さで戦死した博信が郷里で描いた晩年の大作として「時雨と猿」が紹介されるなど、奇しくも全国的な脚光を浴びる年となった。20世紀最大の芸術運動とも称されるシュルレアリスム。日本における同運動の先駆者の一人として歩んだ彼の人生を改めて振り返る。
■社会や自身の内面表現した絵画発表
シュルレアリスムとは、フランスの文学者、アンドレ・ブルトンが24年に著書「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」の序文で提唱した芸術運動で、夢や幻想などの潜在意識の世界に焦点を当てる。日本には20年代後半に伝わり、奇抜で幻想的な前衛芸術の手法として独自の発展を遂げる。30年代半ばになると美術学校で同運動を標榜する学生グループも出現。博信もその一人として数えられる。
博信は33~38年の帝国美術学校(現武蔵野美術大学)在学時、学友らと共に「アニマ」「動向」の二つのグループを結成。展覧会や機関誌でシュルレアリスムの手法を用いて、当時の社会や自身の内面を表現した絵画を発表するなど精力的に活動を進める。帰郷後は小中学校の教員を務めながら絵画と俳諧の融合を模索した。
■多くの作品、手記、書簡残る郷土作家
博信の作品65点を収蔵する茅野市美術館学芸員の中田麻衣子さんによると、「これだけ多くの作品や手記、書簡が残っている郷土作家はまれ」。家族や関係者の尽力があったといい、「作品を適切に評価してほしいという思いがあったのでは」と推察する。
こうした遺族の思いを証言するのは博信のおい、矢﨑俊作さん(74)=同市塚原=だ。生前の博信との面識こそないが、彼の作品を巡る顛末は記憶に新しいという。「絵描きとして世間に知られる前に亡くなったことを家族、中でも祖母は無念に感じていた。我が子の作品が美術館に買われたり、寄贈が決まったりした時は、とても喜んでいた」と振り返る。
「戦争がもし存在しなかったら、と考えることもあるが、現在では立派な美術館で展示もされている。そう考えると恵まれた作家の一人なのかもしれない」と俊作さん。「現存するほぼ全ての作品が美術館に収蔵されていることをおいとして誇りに思う」と話していた。
■茅野市美術館で記念の収蔵作品展
茅野市美術館は、博信の生誕110年を記念して、第1期収蔵作品展「生誕110年 矢﨑博信-シュルレアリスムがみせる夢」を7月7日まで同館常設展示室で開いている。開館時間は午前9時~午後7時で火曜休館。問い合わせは同館(電話0266・82・8223)へ。
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