伊那支社に赴任してはや2カ月。午後1時から始まる取材が多いと感じている。前任地の諏訪では午後のスタートは1時30分と決まっていたから、取材に遅れないように時間を確認するのが習慣になった▼これは記事になるかもしれない。「午後1時」には地域の生活に根差した理由があるはずだ。伊那谷の暮らしと人々の気質を知る糸口が得られるかもしれない。峠の向こう側の諏訪と対比すれば面白い話題になりそうだ。あれこれ考えながら、職場の同僚や役場の職員など伊那暮らしが長い数人に疑問を打ち明けてみた。しかし、答えは「考えたこともなかった」とそっけない。取材はいきなり壁に当たった▼当たり前の見直しが流行している。人口減少や少子高齢化に伴う担い手不足、長時間労働の抑制に向けた働き方改革、移住者が運んでくる異文化の影響…。新しい考え方やルールがもてはやされ、さまざまな場面で当たり前の上書きが進む。一方で、消えていく価値観に目を向ける人は少ない▼民俗学者の宮本常一は「忘れられた日本人」にこう記した。「私の一ばん知りたいことは今日の文化を築き上げてきた生産者のエネルギーというものが、どういう人間関係や環境の中から生まれ出てきたかということである」▼昼食を食べ損ね、いら立ちを覚えるたびに、土と汗にまみれて当たり前を考え、受け継いだ人々の長い営みに思いをはせている。
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